〜前回までのあらすじ〜
「水の都、亀戸の避暑地を紹介したい」という、まるで母国を鼻高々に紹介するイタリア人のようなことを言い出した謎のマッチョ、マイケル亀岡。
カメイドタートルズの女性編集者まゆこは、そんな亀岡の誘いにまんまと乗ってしまい、避暑地巡りデートをすることに。
それなりに楽しみながらデートを満喫してみたものの、ちょいちょい霧吹きの力で避暑力を誤魔化し始める亀岡。
不審に感じたまゆこであったが、亀岡は「次はとっておきの避暑地に案内する」と宣言。
果たして、亀岡は一体、何者なのか。まゆこは無事に暑さから逃げきることはできるのか。
運命やいかに。
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亀戸、避暑地巡りデート。続行
「さあ、行こう。まゆこちゃん。夏は待ってくれないゾ?」
「次こそ、ちゃんとした避暑地に案内してね? 霧吹きは封印だよ?」
「絶対に大丈夫。亀戸の避暑力を思い知ることになるよ、きっと」
「本当に〜? 絶対だからね?」
「到着だ。これが堅川河川敷公園水上アスレチック場さ!」
「……へ〜。水上アスレチックなんて楽しそうね」
「……ここ、ほんとに私たちが遊んでいい場所なの!?」
「もちろんさ。ここは無料で開放しているのにも関わらず、常に係の人が見回りにきてくれたり、すごく頑張って運営してくれてるんだ」
「こどもたちもご覧の通り、大はしゃぎだよ。近くでたくさんの親御さんたちも見守っていたし、水質も特に心配なさそうだ。大人だってたまにはハメを外さないとね」
「そうね。こどもたちがこんなに元気に遊んでいるもんね」
「ひょ〜! 楽しい〜! 涼しい〜!」
「まゆこちゃんもおいでよ! 一緒に遊ぼう!」
「え〜。私、おっちょこちょいだから、きっと足を滑らせて落ちちゃう」
「落ちたところで濡れるだけさ。夏だから大丈夫!」
「こんな、ゆらゆら揺れる不安定な足場のやつもあるんだよ」
「落ちちゃう、落ちちゃう」
「うおっとと。ねぇ、まゆこちゃん。【吊り橋効果】って知ってる?」
「うん。知ってるよ」
「吊り橋の上のような不安や恐怖を強く感じる場所では、目の前の人に対し、恋愛感情を抱きやすくなる現象が起きるんだ」
「うん。知ってる」
「恐怖のドキドキを恋愛感情のドキドキと脳が錯覚して。勘違いから恋が生まれるみたいなんだよね」
「知ってる知ってる。有名な話だよね」
「……さあ、おいでよ! 水に落ちるか、恋に落ちるか。2つに1つ!」
「まぁ、ぶっちゃけ面白そうだから行くわ。亀戸の避暑力を確かめないといけないしね」
グラグラッ グラグラッ
「ひぃ〜! やっぱり私、こういうの苦手〜!」
「さあ、おいで」
(ドキッ)
(え、なに? 今の感情…)
「ほら。もう少しだぞ、まゆこ…」
(あれ… この懐かしい気持ちは?)
(まさか… 本当に吊り橋効果…?)
(もしかして私、本当に亀岡さんのこと…)
(…いや。違う。これはきっと…)
(……………)
(……………男の人の……ひざ?)
「…まゆこちゃん。目を覚ましたね」
「亀岡さん。私、どうなったの?」
「急に意識を失って倒れたんだよ。もしかしたら、ずっと外にいたから軽い熱中症になってしまったのかも。ごめんね、僕がついていながら」
「ここは?」
「亀戸中央公園だよ。水と緑が豊かな、亀戸最高の避暑地さ。ここをデートの最後の目的地にしようと決めていたんだ」
「中央公園って、私が倒れた堅川の水上アスレチック場からは1.5kmぐらいの距離があるわよ? どうやって…」
「お姫様抱っこさ」
「マッチョ…」
「まぁ、昔からよく、お前のことはお姫様抱っこしていたからな」
「!?」
「…嬉しかった。腕にかかる負荷が21年前とは比べ物にならない。ここまでの道中、良い筋トレになったよ」
「やっぱり… あなたは…」
「大きくなったな。まゆこ」
「生きていたんだね、お父さん」
21年ぶりの親子の再会
「大切なものっていうのは、失くしてから初めて大切さに気がつくものだな。当たり前にあるものだと勘違いしてしまうんだ、人は。なにげなく過ごす日々の中で」
「今こうして見ている風景。例年ならば、ここには水遊びができる【じゃぶじゃぶ池】という広い水場があってな。水を張って無料で開放されていたんだ」
「いざ、来てみると… 池の中の水はすべて抜かれていた。当たり前にあるように思っていた水場がなくなっていたんだ。なにも亀戸に限った話じゃない。こんなことが今、世界中で起きているんだ」
「ドンマイ、お父さん。予定ではここで水遊びするはずだったのね、私たち」
「亀戸には水遊びできる場所がたくさんあって、東京23区と思えないぐらい自然も豊かで、こどもたちも元気に遊びまわっていて…」
「そんな当たり前の幸せが、今、守れるかどうかの瀬戸際に立たされているんだ。そして、21年前の僕には守れなかった」
「お父さんは、私が2歳になる前に事故で亡くなったって。お母さんからそう聞かされて育ったわ。なにがあったの?」
「…川を見たくなったな。久しぶりに一緒に、川を見に行こうか、まゆこ」
「この川は、北十間川… いや、違う。旧中川ね」
「亀戸を囲う4つの河川の内の1つさ。覚えていないだろうが、まゆこ。お前が1歳の時、父さんはお前を連れてよく川で釣りをしていたんだ」
「私、お父さんと一緒にこの川に来たことがあるの?」
「いや、この川は初めてさ。亀戸じゃない、別の地域に住んでいた時の話さ」
「ある日のことだ。いつものように川で釣りをしていて、少し目を離した隙にお前が大きめの水鳥(みずどり)に持っていかれてな」
「大きめの水鳥に!?」
「とっさに、左手の薬指にはめていた指輪を水鳥に向かって投げたんだ」
「まぁ、その指輪に関して母さんはいつも、失くしたら離婚よ、とか言っていたけどな」
「そんな… 私が水鳥にさらわれたばかりに…」
「結局、指輪は鳥に当たること無く、川へと吸い込まれていった。その後、普通に投げた石がHITして、なんとかまゆこを助けることができたんだ」
「だが、その一件で母さんと喧嘩になって以来、すれ違いが続くようになってな。なんとか持ち直そうと頑張ったんだが…ダメだった」
「気がついた時には、母さんはお前を連れて家を出ていった後だったよ」
「そんな… 私が水鳥にさらわれたばかりに…」
「最愛の娘と妻を失い、どん底の中で父さんは大切なものに気がついた。真人間に戻り、真面目に働いて家族を取り戻そうと心に誓ったんだ。結果、仕事はうまくいき、順調にいっていたかに見えた」
「そして、すごく大きな取り引きを控えていた夏のある日。家を出たところで水鳥の群れから襲撃を受け、大切な契約書を奪われてしまったんだ」
「もちろん肝心な仕事はダメになり、再びすべてを失うハメになったんだ。あの時、撃ち落とした水鳥の仲間の犯行さ。鳥は頭が良いから、復讐しに来たんだと思う」
「そんな… 私が水鳥にさらわれたばかりに…」
「それから20年後。…目を疑ったよ。雨の日に、お前が背の高いイケメンを連れて、亀戸餃子で食事をしているのを見かけたんだ」
「よく分かったね、それが私だって」
「母さんから、定期的にまゆこが成長した姿の写真を送ってもらっていたんだ。それだけが宝物で、生き甲斐だった」
「お父さん…」
「こんなことが罪滅ぼしになるかどうか分からない。でも、今の父さんにはまゆこに亀戸の避暑地を紹介することぐらいしかできないんだ」
プシュウ!! プシュウ!!
プッシャー!!!
「今年も暑い夏が来る。そうだろう、まゆこ?」
「わりとマジでこの霧吹きの流れだけは理解不能なのよ」
「抱きしめていいか? 大きくなったお前を… こんな父親だけど…」
「…いいよ。私だって、完璧な人間じゃないから」
鍛え上げられた父の大胸筋は硬く分厚い。けして抱かれ心地が良いわけではなかった。
でも、吊り橋の上には無かった安心感が私を包んでいた。
2020年の夏はこれまでに経験したことがない、大変な夏になるかもしれない。
だけど、今度はどんな大きな水鳥に襲われても乗り越えていけるだろう。
私も、父も。
多分、最後までこの記事を読んでくれた、あなたも。
-完-
スポット(避暑地)紹介
スポット名:竪川河川敷公園 水上アスレチック場
住所:〒136-0071 江東区亀戸6丁目33-10
アクセス:JR総武線「亀戸」駅 徒歩10分
営業時間:【4月〜9月】09:00〜18:00、【10月〜3月】09:00〜17:00
対象年齢:小学生以上
注意事項:
・水深は35cmあります
・滑りやすいので場内は走らないでください
・遊んだあとはシャワーや手洗いで体を洗ってください
・監視員の指示に従ってください
・場内での食事、飲酒は禁止です
・場内での怪我や事故については責任を負いかねますので、自己責任で遊んでください
スポット名:亀戸中央公園(じゃぶじゃぶ池は2020年の間、中止)
住所:〒136-0071 東京都江東区亀戸9丁目37−28
アクセス:JR総武線「亀戸」駅 徒歩10分
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
Edit by カメイドタートルズ編集部