「さぁ、今日はどの土産話にしましょうか?」

相変わらず話し好きなマスターだ。

今日も俺は、亀戸駅東口から10分程歩いた先にある雑居ビルの地下「bar 土産話」で、一日の終わりを迎えようとしている。

ここは、亀戸の土産物とそれにまつわる土産話を聞くことができる一風変わったバーだ。
亀戸に異動となった初日、歓迎会の二次会で課長に連れられて来たのが、この店との出会いである。店の居心地の良さと、「土産物」としてメニューに書かれている品、そしてマスターの話の虜となり、今では就業時間前から店に寄りたくてうずうずしているほどだ。

さあ、今日は一体どんな土産話がでてくるのか。


「そうだね。じゃあ船橋屋のくず餅にしようかな」

「はい、お待ちどうさま」

このくず餅。実は食べるのは2回目だ。
船橋屋のくず餅を口にするまで、くず餅に関するイメージは正直「特になにもない」というところが本音だろう。
凄く美味しいといった記憶も、過去を振り返っても頭の中では見つからない。
だが、このくず餅はまず弾力が他とは段違いなのだ。俺が今まで食べたくず餅は、噛んだ時の食感が、悪く言えばベチャッとしていた。しかし、船橋屋のくず餅はというと、しっかりとした噛み応えがあり、とても歯切れが良い。なんでも小麦粉のでんぷん質を450日も長期間発酵させているらしい。

濃厚な黒蜜、たっぷりとかけられた香ばしいきな粉と一緒にいただく。きな粉がこぼれないように、そうっと口に運び一呼吸。甘美な味わいとともに、一日の疲れが放出されていくのを感じる。なるほど、これがくず餅乳酸菌®の力なのかもしれない。


「これはね、20年前に起こった長野県での話なんだけど・・・」

マスターの声で我に返る。そうそうマスターの土産話だ。
客から伝聞したという、いささか真偽が怪しい船橋屋のくず餅にまつわる話。

かめいたちの夜

「いやあ、ひどい吹雪ですね。今年はガールフレンドを連れてきちゃいました!」

「おっ、透君も大人になったね」

僕の名前は透。ガールフレンドとともに長野県にあるペンションにやってきた。
ペンションのオーナー夫婦と両親は古くからの知り合いで、僕も幼い頃から毎年冬にここに泊まりに来るのが恒例となっていた。

僕の父は大学時代にオーナーとともにクロスカントリーサークルに所属しており、そのメンバー同士で毎年日にちを決めて宿泊することにしている。そのため、今日滞在している他の2組の夫婦も顔見知りだ。
今年は、たまたま父が腰を悪くして両親が来ることができなかったため、急遽僕が愛しのガールフレンドを連れて泊まることにした。

そして、忘れてはいけない恒例行事がもう一つ。それが船橋屋のくず餅だ。
父は亀戸で古くからある町工場を営んでいる。毎年このくず餅を持って行くのが恒例となっており、オーナー夫婦たちはこれをいつも楽しみにしている。

客室が6室しかない小さなペンション。普段、宿泊客が夕食をとる広間でオーナー家族たちと談笑にふけった。

時刻は18時15分。そう事件は起きたのだ。
夕食前の小腹を紛らわすために、オーナーが僕の持ってきたくず餅を皆で食べようと奥さんに取りに行くよう頼んだ。

 

「きゃーーーーーーーーーー!!!」

建物中に響き渡る奥さんの悲鳴。奥さんの元に駆け寄ったオーナーも、すぐに血相を変えて飛び出してきた。
動揺してパニック状態のオーナー夫婦を落ち着かせ、理由を尋ねると原因が判明した。

手土産のくず餅がこつ然と姿を消していたのだ。

楽しみにしていた1年ぶりのくず餅を失ったオーナーは、すぐさま警察に通報しようとしたが、場所が人里離れた山中だということ、また吹雪の影響もあってか電波がつながらない。
ならばと、ペンション備え付けの固定電話を使うが、電話線が何者かによって切られていたのだ。
吹雪で外出は不可能、外部との連絡もできない。我々はくず餅窃盗犯がいるかもしれないこのペンションに、一泊しなくてはならないのである。

不安に耐えかねた女性客と男性客が口を開いた。

「こんな泥棒がいるかもしれない場所にいるなんて嫌よ!私は朝まで部屋にこもらせてもらうわ!」

「俺は吹雪の中、何とか駐在所まで行ってみるよ」

僕は、あまりに無力だ。
手土産をちゃんと管理していなかったことを怒号を交えて責め合うオーナー夫婦。自室にこもって身の安全を確保しようとする者。3メートル先も見えない猛吹雪の中を2時間かけて駐在所まで向かおうとする者。
僕が持ってきた手土産によって全員の心がバラバラになってしまった。その状況に、呆然としていると、数分前に駐在所に向かった男性がペンションに飛び戻ってきた。

「おい!橋が壊されてるぞ!」

やられた。犯人だ。
窃盗を露見させまいとする犯人が、通信手段のみならず物理的にも我々を閉じ込めて、先手を打ってきたのだ。

「これじゃあ、もう俺たちはお終いだ!」

犯人はアイツか?皆が皆、自分以外の相手を疑う異常な環境の中で、僕のガールフレンドが初めて口を開いた。

 

「え?たかがくず餅がなくなっただけで?」

 

彼女はまだ、このくず餅の味を知らない。


「いやあ。まさか、船橋屋のくず餅をめぐってそんな凄惨な事件が起きていたなんて知らなかったよ。ガールフレンドにも早く味わってもらいたいよね。そうすれば、どれだけ大事なのか理解できるはずだよ」

「ご満足いただけて良かったですよ。さあさあ、次は何にします?」

「あ!あれ頂戴!洋菓子処 ましゅまろ亭の生マシュマロ!長野の話聞いたら、昔バーベキューでマシュマロ焼いたときのこと思い出しちゃってさ」

「はい、お待ちどうさま」

なんだこの大きなマシュマロは。想像していたマシュマロの3倍いや5倍近くある。例えるなら小ぶりのみかんくらいだろうか。
口に含むと、「ふわっ、しゅわっ」と口の中が幸福感に包まれる。マシュマロではなく、まるで濃厚な甘い泡を食べているんじゃないかと錯覚するくらいに、口の中で溶けて消えていってしまう。
一つ食べれば十分なほどの食べ応えがあるから、一袋5個入りを買えば平日1週間の甘いものには困らなそうだ。さまざまなフレーバーの選択肢も、さらにマシュマロの奥深さと魅力に拍車をかける。王道かつ至高のプレーン・・・。


「では、生マシュマロに関する土産話を・・・」

1000光年先のマシュマロ

私はニンゲンではない。
地球から1000光年離れた銀河系からやってきた宇宙人だ。我々の惑星は資源が枯渇しており、次の移住先を探している。

私は、移住先として地球が最適な惑星かを見定めるために先遣隊としてやってきた。
すでに星の数ほどの惑星を探査。残る希望はこの地球のみだ。
以前から、地球は最適な移住先であると惑星中枢AIシステムが分析していたのだが、遠く離れた距離がゆえに調査対象から外れていた。しかし、最近になって亜空間ワープ技術(通称:A・W・G)が実用化され、1000光年離れた距離でも一瞬で移動できるようになったのだ。
そんな実用化されたばかりの技術で、移住先を探さなければならないほどに、我々に残された時間は少ない。

私は先遣隊に選ばれたとき、運が良いと思った。なぜならこれから移住する惑星に一番乗りできるからだ。
しかし、今は後悔にも似た感情を抱いている。

「おじさん!今日も生マシュマロ持ってきたよ~♪」

今週も来たか。近所の小学校に通うどこにでもいる未成熟のニンゲンだ。
私は、地球でニンゲンの姿に偽装し、目立たないように調査を進めている。我々の目的は移住、つまり侵略。
いずれ滅ぼされてしまうというのに、この町のニンゲンたちは得体の知れない私に対して、妙に馴れ馴れしくやたらと声をかけてくる。この未成熟のニンゲンはその最たる存在である。

「どう?美味しい?」

「アリガトウ アマイ トテモウマイ」

「今回も喜んでもらえて良かった!やっぱりここのマシュマロは一番!お店の生マシュマロに見とれていたおじさんと出会ってから、もう半年だね!」

失礼なことを言うな。決してニンゲンの作った食べ物なんぞに見とれていたわけではない。私は先遣隊。調査のために不可思議な食べ物を観察していたのである。それを勝手に勘違いして、毎週のように差し入れしてくるのだから迷惑極まりない。

 

この生マシュマロという物体は何とも不思議だ。形は球体、色は白く、なんとも形容しがたい柔らかさ。そして濃密な甘さ。
味のバリエーションもあり「いちご」や「レモン」も摂取したが、私は「プレーン」がお気に入りだ。

しかし、プレーンとは一体何味なのだろうか?我々の惑星への報告はあらかた終わった。あとは、プレーンが何味なのかという報告が最後になる。
最後の報告書を送れば、すぐにでも我々の惑星から移住者が押し寄せ、地球は一瞬のうちに侵略されつくしてしまうだろう。
さあ、最後の仕事に取り掛かるとするか。

それにしても、この生マシュマロ。一つ一つ手絞りという我々には理解しがたい非合理的な製造方法をしていることと、食感に対するこだわりによって賞味期限は7日間だ。

 

7日間・・・。
地球には「美しいものは儚い」という言葉があるが、同様に「美味しいものも儚い」のだろう。
報告書を書き上げれば、8日後にはもうこの生マシュマロを摂取することができなくなる。

プレーンの正体を突き止めるのには、もう少し調査を継続する必要がありそうだ。

 

 

「エージェントM、作戦は完了よ。イブラディモ星人の地球侵略作戦を延期に持ち込んだわ」

「よくやったエージェントK。あの先遣隊が報告書を送ってしまえば、地球は一瞬で壊滅だった。アースネットの地球配備が済んでしまえさえすれば、イブラディモ星人には何もできない。Mも子どものフリをして奴と接触するのは大変だったろう」

「なんてことないわ。すべてはマシュマロのおかげよ」

 

次回
『異世界転生したらチート能力授かると思いきやスキルが菓子折り渡すだけだった件。』
『不幸博士と運気が上がる饅頭』

後編に続く

 

※「bar 土産話」は架空の存在です。

スポット紹介

スポット名:船橋屋亀戸天神前本店
住所:〒136-0071 東京都江東区亀戸3丁目2−14
電話番号:03-3681-2784
アクセス:JR総武線亀戸駅 徒歩15分
営業時間:09:00~18:00 (イートインは11:00~17:00L.o.)

店名:洋菓子処 ましゅまろ亭
住所:〒136-0071 東京都江東区亀戸6-22-8 1F
電話番号:03-5836-3232
アクセス:JR総武線亀戸駅 徒歩5分
営業時間:11:00~18:00
定休日:火曜日

Edit by カメイドタートルズ編集部