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亀戸の土産物とそれにまつわる土産話を聞くことができる一風変わったバー「bar 土産話」。
ここで、俺は今日も亀戸の手土産に舌鼓を打ちながら、マスターの土産話に耳を傾ける。


「じゃあ次は、焼き菓子屋 PARTAGER – パルタジェの菓子詰め合わせにしようかな」

「S・M・Lからお選びいただけます。・・・Sですね。かしこまりました。中に入っている焼菓子は日替わりとなっています」

ふむふむ、まさに手土産にもってこいと言った品だ。日替わりというのもいいね。これなら同じ品を持って行っても、受け取る側が飽きることが無い。箱の中に入っているココナッツメレンゲ、フルーツパウンドケーキ、ブランデーケーキ、マドレーヌ・・・。
どれも工場で大量生産された品とは違う手作り感がある。
中でもこのココナッツメレンゲはなんだ。ココナッツの甘い香りで食欲をそそられるとともに、この軽い食感。Sサイズにしたのが間違いだったか。一つと言わずにもっと食べたくなる。これなら贈る相手との距離が縮まること間違いなしだろう。


「このパルタジェはご夫婦で経営されている小さなお店で、ご主人がパティシエをされているんです。季節のフルーツなどを使い、一つ一つ丁寧に作っているんですよ。では、早速土産話とともに、その味をご堪能ください」

異世界転生したらチート能力授かると思いきやスキルが菓子折り渡すだけだった件。

 

俺は今から魔王城に向かう。
俺の手に握られたのは聖剣エクスカリバーでもなければ、大賢者の杖でもない。紙袋に入った菓子折りだ。

俺が思っていた異世界転生とはだいぶ違う・・・。

あれは一年前のあの日・・・。

―――――――――――

ここはどこだ?いつも過ごしている6畳半の部屋とはまるで違う景色。というか、そもそも日本ではない。アニメに出てくるような剣と魔法の世界そのものだ。さらには、容姿まで全く違う。明らかに別人だ。

・・・この現象に俺は心当たりがある。

これはいわゆる異世界転生ってやつだろう。こんなシチュエーションはラノベで何度も読んだし、寝る前のルーティーンとなっている妄想「もしも俺が異世界転生した時の最強計画」で何度もイメトレ済みだ。

こういう時はまずこうやるんだ。「ステータス、オープン!」ってな。

ピコーン。ほら見ろステータスが表示された。さてと、俺は女神さまからどんなチート能力を授かったんだ?

 

「HP:1、ちから:1、素早さ:1、命中:1、丈夫さ:1」


弱っ!?

ははーん。さてはBパターンか。最弱と見せかけて実は最強という、読者の予想の裏をかくやつだ。
ではでは、次のスキル画面を見せてもらおう。

 

「固有スキル:菓子折り」

 

は!?菓子折り!?

そこはコピー能力とか、物理攻撃無効とか、超最強魔獣召喚とかだろ。作者は一体何を考えてるんだ?

 

それから数日間、俺は自分の「固有スキル:菓子折り」の使い方を模索した。
そして分かったこと、まず攻撃力は皆無。
HPが1なので、遠く離れたスライム相手にスキル発動してみたが、HPゲージは一切削れなかった。

そして二つ目は、金儲け不可。
町の道具屋で売って儲けようとしたが、店主は「おやおや、そいつぁ買い取れないぜ」とRPGで売れないアイテムを売ろうとしたときのような反応を繰り返しやがった。

俺は自分が戦闘にも金儲けに役立たずだと知って絶望した。その時だった。

 

「きゃーーーー!誰か助けてー!」

声の方を見ると、そこにはエルフ耳の少女が。その後を、いかにも俺は山賊ですという輩たちが追っている。

菓子折りを配るしか能がない俺には、何もしてやれない。見てみぬ振りをするしか・・・
ん?なんかこっちに向かってきてないか!?

山賊A「おい!兄ちゃん!ツイてねえな!金目のもん全部おいて、何も見なかったことにすれば、命だけは助けてやんぜ。ゼハハハハ!」

(クソ野郎が!やってやる。HP1だろうが、やけくそだ!)

「お、おい!」

山賊A「あ!なんだやんのか!」

「す!すんませーーーーん!!悪気はないんです。でも身ぐるみ剥がされたら、もう僕には何も残らないんで、どうか!これでご勘弁ください!何卒!何卒!」

つい、勢いでスキルを発動させてしまった。異世界に菓子折り文化が存在するのかもわからないが、どうなるんだこれから、俺。

山賊A「あ!?なんだこれはよぉ!」

山賊B「アニキ、これ食いもんすよ」

山賊A「見たこともない形だな、パクッ。モグモグ。なんだこれはーーーーーー!!!!」

ああ、終わった。俺はここで死ぬんだ。

山賊A「うっっまーーーー!なんだこのパウンドケーキ。しっとりとしたスポンジに丁度良い甘み。そして鼻から抜けるブランデーの豊潤な香り・・・。うますぎる!」

山賊B「アニキ!こっちのパウンドケーキもすごいですぜ!色んな種類のドライフルーツが混ぜ込まれているんですが、オレンジピールの苦みがたまりません」

山賊A「こんな貴族様が食べるようなもんを、差し出せるなんて、あんたただもんじゃねえな!」

こうして、山賊は俺の仲間となった。

 

その後も、各所で俺のスキルは大好評。

ギルドの受付嬢「ココナッツメレンゲ?って言うんですか?すっごく美味しいです。サクサクザクザクで食感が楽しいですし、口の中でしゅわっと溶けるんです!えーい、俺さんは特別にSクラスハンターにしちゃいますね!」

鍛冶屋のドワーフ「このマドレーヌってのは何個でも食えるな!シンプルながらバターの香りがほのかにして優しい味だ!おっし、特別にミスリル製フルアーマーを作ってやろう」

こうして俺は瞬速で出世し、勇者となった。

―――――――――――

俺は今から魔王城に向かう。
俺の手に握られたのは聖剣エクスカリバーでもなければ、大賢者の杖でもない。紙袋に入った菓子折りだ。


「なるほど、この焼き菓子屋 PARTAGER – パルタジェの菓子折りで、様々な人間との距離を縮め、難局を乗り越えて行ったってわけだ」


「ええ。ちなみに店名のパルタジェはフランス語で『共有・分かち合う』という意味なんです。美味しいお菓子をシェアして楽しい時間と笑顔を分け合ってもらいたいという想いから命名したそうですよ」

「このお店の味なら、異世界人や魔王相手でも、分かり合えそうな気がするよ」


「では、お次は?」

「もうこんな時間か。じゃあ締めに、亀戸升本 すずしろ庵の勝運まんじゅうをいただこうか!」

「はい、お待ち。こちらの勝運まんじゅうは、白砂糖を使わずに北海道産小豆を甜菜糖(てんさいとう)で甘みを付けて餡にしています。また中には、亀戸で採れる亀戸大根を使った餅が入ってるんです。食べると体がぽかぽか温まるとも言われていますよ」

まんじゅうに大根を?一体どんな味なのか不安に包まれたが、一口まんじゅうをかじったその瞬間、それは杞憂にすぎなかったとわかった。
優しい甘さの素朴なまんじゅうだ。
特に気に入ったのが、このまんじゅうに焼き印されている「勝」の文字。マスターの話では、この勝運まんじゅうは、亀戸升本 すずしろ庵そばにある香取神社の御利益にあやかっているそう。
香取神社は勝負・開運厄除に通じているとされ、試合や大会前の学生や有名スポーツ選手もお参りに来るほどの神社なのだ。白星(勝星)に見立てられた白いまんじゅうとその焼き印、勝負事に直面している人に贈りたくなる。

 

不幸博士と運気が上がる饅頭

その男はいつも災難に見舞われる。
電化製品を買えば必ず初期不良。道を歩けば鳥のフンが落ち、踏切を待たずに渡れた日はない。ここぞという日は決まって電車が遅れるのが通常運行だ。

人は男を不幸博士と呼んだ。

不幸博士というのは、男がとにかく不幸であることと、新薬の研究者であることからそう呼ばれていた。名付けたのは大学時代から付き合っている彼女だ。
彼女は不治の病に脅かされていたが、男と出会ってからなぜか体調が安定していた。「私があなたの幸運を奪っているのかもしれない」。彼女はそうよく口にするが、男は何も言わなかった。なぜなら、彼女だけではなく男の周りではそういうことがよく起こるからだ。

自分が不幸になると、周りが幸運になる体質。

男が自身の体質に気づくことに、時間はかからなかった。一時は体質を恨みもしたが、今ではもう慣れてしまっていた。

男はそんな不幸続きの日々を過ごし、今年で48歳になる。あだ名の名付け親である彼女と結婚し、大切な愛娘も誕生した。娘は18歳になり、受験を控えていた娘は焦燥感からか常に苛立っているようだった。そのせいか注意力が散漫としていて、通学鞄を電車に忘れ、階段を踏み外すこともあった。そして、横断歩道の赤信号にも気づけなかったのだ。

娘は、3日前から何本もの管に繋がれた状態で生死の境をさまよっている。

男は、嫌な予感がしていた。
娘が18歳になってから、自身に降りかかる不幸なことが少なくなっていたのだ。そしてこの事故。
もし、この特異な体質が遺伝するものだとしたら。そして、その体質が男の不幸を吸い取ってしまうほど強力な場合は・・・。

娘がこうなる前、男が長年追っていた妻の病気の新薬研究に大きな進展があった。今思えば、あれが予兆だったのかもしれない。

 

娘の事故から、夫婦ともに家のことは何も手を付けられていない。男は、荒れ果てているリビングを見ながら、自身を責め続ける。
ふと、男はテーブルに置かれたお菓子の箱を見つけた。娘の受験祈願に買った「勝運まんじゅう」。少しでも運気が上がればと、願掛けのつもりで購入したのを忘れていた。何しろ、購入したのは事故が起こった日のこと。娘に渡すことができなかったからだ。

人間とは欲求に素直な生き物である。どんなに悲しんでいようが腹は減る。

「勝運か・・・」そうつぶやきながら男は気力なくそのまんじゅうを口に含む。なぜだか体の中がポカポカと温かくなるのを感じた。

 

翌日。男は、娘がいる病院へ足を運んだ。

しかし、男が乗る予定だった電車は大幅に遅延した。いつもは1分も待たない踏切で、開かずの踏切り並みに待たされ、追い打ちをかけるように男のスマホの電源が突然つかなくなった。

こんな不幸の連鎖は、長年彼の日常茶飯事だ。・・・娘が18歳になる前までの。
偶然で片付けられることばかりだが、男には思うことがあった。

男は無我夢中で病室の方へ駆け出していく。

―――――――――――

その男の体質を、人は「自分が不幸になると、周りが幸運になる体質」だと考えていた。
しかし、周囲の人間の幸せが彼自身の何よりの幸せなのだとしたら、これも幸福の一種なのかもしれない。

 


「いい、話じゃないか・・・このまんじゅうにそんなエピソードがあったなんて・・・」

「気に入っていただけたようで、良かったです」

「でも、前から気になっていたのだけど、マスターの話って誰から聞いた話なの?宇宙人や地球を守るエージェント、異世界転生経験者から聞いたとしか思えないエピソードもあったけど・・・」


「それは、またの機会の土産話で」

 

スポット紹介

スポット名:焼き菓子屋 PARTAGER(パルタジェ)
住所:〒136-0071 東京都江東区亀戸7丁目39-5
電話番号:090-7017-5635
アクセス:JR総武線亀戸駅 徒歩5分
営業時間:11:00~19:00
定休日:木曜日
※現在は新型コロナウイルスの影響で定休日および営業時間が異なる場合がございます。

スポット名:亀戸升本 すずしろ庵
住所:〒136-0071 江東区亀戸2-45-8 升本ビル1階
電話番号:03-5626-3636
アクセス:JR総武線亀戸駅 徒歩7分
営業時間:8:30~19:00
※現在は新型コロナウイルスの影響で定休日および営業時間が異なる場合がございます。

Edit by カメイドタートルズ編集部